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 「老舗風土記」その④ 2012.3.8

 
 
 

 スタミナつけ両国散歩

 桔梗家の3代目当主、章夫さんと節子さんは、大学で知り合っての恋愛結婚である。
 節子さんは金沢の出で商家の娘ではないが、「勤め人より商売の方がいいと思っていましたから…」(どじょう屋でも何でも、いい男だから一緒になるさ、とワキの声)

 「まあ、入ってみて忙しいのに驚きましたね。何にも知らないから入れたのよ、なんて友達に言われますけど」

 そうは言いながらも、8年のベテラン。涼しい顔のお内儀である。

 章夫さんは6女の中の1男だが、みな嫁いでいて、忙しい時は手伝いに来てくれる。「その点、女きょうだいはいいですね」と、円満そうである。
 チラリと姿を見せた4代目になるべき貴子ちゃんは、「生まれたときから親が働いてるのを見てますから、エプロンつけて夜になるとお皿洗いに出て来たりするんですよ」とは楽しみな話だ。

 桔梗家はもち菓子屋時代から両国に住んで、明治から歴史をともにしてきた。

 関東大震災のときも猛火に包まれてた地区だが、命拾いをしたのは両国橋のお陰だそうだ。
 大震災のときは交番の巡査の指導で、あの大惨禍となった本所被服廠へ逃げたが、入れないで逃げ帰ったのが橋の上。
 火の粉がどんどん飛んで来て、荷物に火がつくと川へほっぽり込む。

 戦災のときも、そうして火に巻き込まれずにすみ、命からがら隅田川に救われたという。
   
 戦後は焼き芋を売った一時期もあったが、サッカリンや人口しょうゆでしのぎ、どじょうは貴重な食料源として役に立ったのだ。

 いま、ビルの立ち並ぶ両国街であるが、戦後の焼け残ったビルの外郭があるのもなつかしい風景である。

 桔梗家から十分ほどのところには、ネズミ小僧の墓がある回向院や、吉良邸跡の首洗い井戸など史跡がある。丸鍋でついたスタミナのお陰か、ぶらりぶらりと散歩していると、お相撲さんがゆかたをからげて自転車を走らせている光景にも出合った。

 どじょう人口は、うれしいことに上昇しているという。栄養再認識の時代のお陰か?

 いずれにしても、どじょうは東京の名残の食べ物なのだ。
 どじょう鍋でスタミナつけて、両国散歩もなかなかトレンディーじゃないでしょうか。
 
 (文・原田八重 え・萩原楽一)
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